ブータン 山の教室(ネタバレ)

ブータン山の教室

ブータン 山の教室 おすすめ度4.7

※おすすめ度見方 0~1     見る必要無いかも。
1.1~2.0   100人いたら90人は微妙かな。
2.1~3.0   好みの違い。
3.1~4.0   行って損なし。価格や場所、評判次第で行くかどうか決めよう。
4.1~5.0   いますぐ観に行こう。見逃したら絶対に後悔する。

ブータン山の教室
ブータン山の教室

2021年の暫定ベスト1。素晴らしいが止まらない。110分ぶんの感想を書きたいくらい。ソフト化されるかどうかかなり際どいでしょう。公開中に何度も見て、目に焼き付けたい。ブータンは映画後進国とばかり思っていたが大きな間違い。画面いっぱいに「必然性のある」雄大な自然が全編に広がる。様々な奇跡が積み重なった一作であるのは間違いない。舞台となるルナナ村には電気が通じていないため、険しい山々を越えて太陽電池を運び入れ撮影を敢行したこと。演者はほとんどが演技初経験者、村人に至ってはほとんどそのままルナナ村の村人たちを俳優として起用していること。少女・ペム・ザムと出会えたこと。彼女は「電気」や「インターネット」、「映画」というものの存在すら知らなかったにも関わらず、演技(を超越したリアル)が神がかっていたこと。ルナナ村が撮影を許可したこと。3ヶ月の長期ロケに耐え抜いたこと……etc.
興行や役者のために自然を利用しているのではない。生きとし生けるものすべてを主人公に据えているからこそのビジュアル、画面のルック、説得力。旅をしている気分になれて楽しい。またルナナ村の村人になった気分も味わえる笑。ブータンにあるルナナ村へ行くまでは、なんと首都のティンプーから8日間かかる。8時間ではない。8日間だ。30年前の話ではない。今の話だ(注:パンフレットによると今ではヘリコプターで村との行き来も発生しているとのことだが、もちろん村人がその交通手段を使える機会はめったいにないだろう)。今作は写真家として活躍するパオ・チョニン・ドルジの映画初監督作品。主人公のウゲンは、ティンプーの出身。首都部にはテレビもあり、スマホもありと、日本と変わらない生活を送ることができる。私自身、数年前にブータンを訪れたが、道には自動車が走っているし、住民はパソコンも使えばインターネットも駆使していた。しかしそれはティンプーでの話。物語中盤まで、主人公のウゲン(シェラップ・ドルジ)は、事あるごとにヘッドフォンで音楽を聞いている。自分の生きてきた世界しか見ることができない、周囲の声は聞きたくないという盲目的な考え方のメタファーだろう。祖母と暮らしているが、近いうちにオーストラリアに移住して、アーティストになりたいと思っている。それも祖母を残して。祖国から心が離れているのだ。国民総幸福量(Gross National Happiness、GNH)世界1位で知られるブータンの若者がなぜ?現代化の波がブータンにも押し寄せている。海外との距離は近くなった。移住のエピソード、シェラップ・ドルジ本人がそのように考えていた時期があるとのこと。ウゲンは、家にある普通の水洗トイレ(汲み取りかも?)で立ちションをして(このシーンは、のちにルナナ村で立ちションをするシーンや紙がないシーンと呼応している)、彼女や友人と一緒にBarへ繰り出す。この作品、キャストのほとんどが演技初経験者で、しかも実際の演者たちの境遇をそのまま映画にもトレースした人物設定になっている。誰よりも目を引く、村の少女ペン・ザムは、本当のルナナ村の村人で、映画の撮影で初めて「電気」や「インターネット」、「映画」というものの存在を知ったという。彼女は映画が何かということすら知らず、演技をしているのだ……なぜ、あのような演技ができるのか。もちろん、リアルと演技の狭間にあったのは間違いがないが、カメラを前にして、あのような自然な表情がどうやってできるというのだ。ルナナ村は人口56人、電気も(ほとんど)通ってなければ、紙すら貴重品の村。紙は重要なモチーフになってくる。都会人のウゲンのために用意されたトイレ紙(村人は紙は使わない)、部屋の寒さよけのためにはられた紙、子どもたちが勉強のために使う紙。「電気」ですらない。「紙」すらもここには存在していないのだ。火をおこすために使うのは、ヤクの糞。ヤクは乳を使うこともできれば、毛を衣服に使うことも、どうしてもという時には食肉にすることもできる。ヤクはこの村では村人の宝物、神様のような存在。「ヤクに捧げる歌」は、映画のラスト、ウゲンの心を照らす。彼はルナナ村には戻らず、ティンプーにも定住せず、渡豪した。異国の地で待ち受ける厳しい現実を前にして、彼は歌うのだ。故郷の歌を。心のふるさとの歌を。そこにあるのは哀愁だけではない。希望と拠り所。私達にも問いかける。その国が失っていないものを。グローバリゼーションの波が押し寄せるブータンでも、ウゲンが故郷の心に触れたように。ウゲンとセデュ(ケルドン・ハモ・グルン)が村を見下ろす高台のシーンは、この数年見たどの映画のどのシーンよりも、美しかった。

ブータン パロ空港に着陸する際の写真

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